2023年01月



こちらのリンク記事の続きとなります。



【10月26日】

 旦那が入院して6日目。

この日も朝早くから様々な検査。


採血は、毎朝5時に起こされ...

CTやMRIなんて、ほぼ毎日...
一体何回撮るの?って
ちょっとビックリする程の回数でした。


検査の数が想像よりも多くて、
結果を聞くのが
私は少し怖くなってました。


お昼頃に、内分泌内科の
担当医のU先生
が病室に来て、

「明日はお尻の脂肪腫の方で、
形成外科の予約が入ってるみたいだけど、

31日に退院だから、
お尻の脂肪腫の方は退院後に
地元の病院に行ってもらうことになるかな。
」
って言われたみたいで、、、

え?聞いてた話と全然違うけど!
先に地元の病院に行ったら、
紹介状出されてこっちに来たんだけど...

しかも、31日に退院!?
28日に検査の為の手術で、
しかも頭を切るのに、
31日には退院できるの!?

もう旦那も私も謎だらけでした。


旦那の判断は、
「U先生は内科の先生だから、
多分他のことは何も分かってなくて、
さっき言ってたことは全部間違ってるはず。
もう今のは聞いてないことにして、
信じないようにしとく。
」でした。笑


この辺りから、
先生たちや看護師さんたちの
連携が全く取れていないことに、
少しずつ気付き始めていました。



手術の説明を翌日に控え、
私にも先生から時間の連絡があったので、

「今日は明日に備えて早めに寝ようか。
明日は一緒に説明を聞くから少し会えるね。
」
なんて話をしてたのに...


消灯前の夜8時過ぎ頃。

脳神経内科の担当医S先生が、
急にフラッと病室に来たみたいで、

「検査結果を色々見たんですけど、
腫瘍は胚細胞腫である可能性が高くて、
悪性の可能性も高いです。
」

「その場合は、
手術では腫瘍は取れないので、
放射線と抗がん剤での治療になります。
」

「私が今まで見た人の中では、
何人かは良くなってるので、
頑張って治療していきましょう。
」

「首から下への転移などは、
無かったのでそこは大丈夫ですよ。
」

って、急に軽く言われて
すぐに去って行ったみたいで、
旦那からすぐに連絡が来ました。

私も旦那も、
突然のことで頭が真っ白。


腫瘍は下垂体腺腫ってやつで、
良性の可能性が高くて、
鼻から取れる腫瘍じゃなかったの?

そりゃもちろん、
悪性の可能性も無いとは
まだ言えないって言われてたし、
その為に検査をしてた訳だし、
悪性を考えてなかった訳じゃないけど...

先生たちの言葉や雰囲気から、
手術さえ乗り越えれば
全て良くなるって信じてたのに。


もう私も一気に不安になりました。


しかしその何十倍も、
旦那はかなりの恐怖を
感じてしまったようで、、、

かなり落ち込み、
全てをマイナスな方に考え、
ネット検索して悪い情報ばかりを見て、
精神的に急に不安定状態に。


生まれて初めて
“死ぬかもしれない”という現実に立たされ、
「治療しても余命宣告があるなら、
もう治療したくない。家に帰りたい。
」

消灯時間を過ぎたため、
電話で直接話すこともできず、
LINEで送られてくる不安そうな言葉。


もう私は、
病気のことよりも、
旦那の精神状態の方が心配で。

「頑張ろうと思ってたのに。」
「入院も検査も頑張ってたのに。」
「今まで楽してた罰かな。」
「自分が癌になるなんて想像してなかった。」
「治療頑張っても生きれないなら意味ない。」

「帰りたい。」
「会いたい。」
「ごめんね。」
「もう無理かも。」

私から送る言葉は
もう全く見えていないほど、
旦那からの不安な言葉が
次々に送られ続け...

もうこの時の旦那からのLINEを見るだけで、
今でも涙が溢れてきます。


そして、
スマホの電源が切られました。

LINEしても既読にならず、
電話してみたら電源が切れている。

私は更に不安になり、
病室を抜け出したりしてないかな。
変なこと考えてないよね。
もう考えれば考えるほど心配で不安で...


電源が切れて1時間が経つ頃、
さすがに心配で耐えられず、

病院に電話をして、旦那が入院している
ナースステーションに繋いでもらいました。


看護師さんに事情を説明して、
病室に居るかを確認してもらいました。

「旦那さんは、
ちゃんとベットの上に居ましたよ。
安心して大丈夫ですよ。

ただ眠れてないようで、
ボーッとしてる感じでした。

先生に急に
そんなこと言われたら不安ですよね。

今日は私たちも気を付けて、
朝まで様子を見ておきますね。
」

看護師さんの優しい対応に、
とても安心しました。


深夜0時を過ぎた頃、
旦那からLINEが来ました。

私はそれだけで安心できました。


しかし、
旦那の感情は不安定なままで、

今度は、
イライラしている言葉が
次々に送られてきて、

「お前には分からん」
「余計なことはするな」
「もうどうでもいい」
「どうせ治らない」

私が送る励ましの言葉に対しても、
「なにを根拠に言えるわけ?」
「適当なこと言うな」
「入院したことないくせに」
「病気になったことないくせに」
「どんだけ耐えてると思ってる?」

普段の旦那からは
信じられないような言葉に、
私も何て返事をすればいいかの分からず。

旦那は、不安と恐怖から、
ここ数日の入院のストレスを
爆発させてるような感じでした。


私が返事をすればするほど、
怒りが増してるように感じたので、

すごく心配で不安だったけど、
返事をするのをやめました。


すると、
深夜2時過ぎに、
旦那からの長文LINEが。

反省と謝罪と、今の気持ち。


旦那の苦しみ、葛藤や後悔が
痛いほど伝わってきて、

毎日毎日の検査と、
次々に色々な先生たちが来て、
次から次に色々な説明をされて、
もういっぱいいっぱいになっていて...

更には、相部屋のおじさん達の
マナーや気遣いの無さへのストレス、
全てに限界を感じてる様でした。

それを必死に
耐えて頑張ってる中での、
先生からの急な悪い報告。

それで、溜まっていた全てが
溢れ出てしまったようでした。


それを感じて私も涙が止まらず、
本当に心配で、、、
できることなら変わってあげたいし...
何もしてあげられない自分に腹が立つし...

今思うと私も不安定になっていました。


それと同時に、
説明は明日の予定なのに、

前日の夜に急にサラッと
悪い結果を伝えに来た先生にも、
不信感が募り、、、


旦那が弱いだけなの?
そんな悪い結果を、
普通はすんなり受け入れるものなの?

それに、
「何人かは良くなってます」って、
先生的にはプラスな言葉を
言ったつもりかもしれないけど、
その言い方は不安になるよ。

と疑問に思っていました。


旦那は、深夜3時頃には、
やっと眠りに付けたようでした。


つづく。



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【10月21日】

旦那の入院生活が始まり、、、

初日から、検査や
先生達の挨拶で大忙し。


●脳外科執刀医のM先生
(初診日に診察してくれた先生)

●脳外科主治医のE先生


●脳神経内科の担当医のS先生

(初診日に診察してくれた先生)

●内分泌内科の担当医のU先生


初日は、この先生たちが、
挨拶と説明に来て下さったようです。


旦那は、先生たちがみんな
本当に良い先生たちで安心した様子。

特に、内分泌内科の担当医のU先生は、
年下ですごく優しくて話しやすくて、
「U先生が担当で本当に良かった」と
U先生が病室に来る度に言っていました。


そのU先生から、、、

「来週の金曜日が
手術ってもう聞きましたか?
」

「28日には腫瘍が取れるなら、
退院も早そうですねー!
」

そんなことを言われたもんだから、
旦那も私もそれを信じて安心していました...。


初日から、挨拶や説明に加え、
PCR検査・大量の採血・CT検査・
造影剤でのMRI検査・尿の検査など、
色々な検査をしていました。

ご飯を食べる時間もあまり無いほど、
大忙しで慌ただしく終わった入院初日。

疲れたからか、旦那も
すぐ眠れたみたいで安心しました。


【10月22・23日】

金曜日からの入院だった為、
翌日からの土日は大きな検査はなく、

荷物を整理したり、お風呂に入ったり、
割とゆっくり過ごせていました。


ただ、尿の検査だけは、
トイレに行く度に必ず毎回。

毎回必ず量を計ったり、
24時間の間は全てを
保存して溜めていったり、

どうしてそんなに
尿の検査が必要なのか、
この時はまだ不思議でした。


【10月24日】

月曜日からは、
また様々な検査が始まり・・・

●朝7時から24時までの間
ずっと5時間ごとの採血。
(毎回30分前から安静状態)

●朝食を抜いてのCT検査。

●毎回の尿の検査。

●耳鼻科での検査。

(この時はまだ、鼻の中から手術して
腫瘍を摘出できる可能性が大きくあったので、
耳鼻科での検査もありました。)

●眼科での検査。

1日の間にこの全ての検査が行われたようで、
お風呂も入る時間がなくなってしまった程、
検査でバタバタと大忙しだったようです。



色々な検査の後に、
主治医のE先生からの説明があり・・・

「28日金曜日の手術は、
腫瘍を全て取るのではなく、

病理組織検査といって、
腫瘍の一部だけを取って、
それが良性か悪性かなど、
どんな腫瘍なのかを調べる手術ですよ。
」

と急にサラッと言われて、
ショックを受けていた旦那。

私もそれを聞いて、
一気に不安になりました。

「内分泌内科の担当医U先生、
全然話しと違うじゃん!」って
だいぶ疑問に思いました。



「奥さんにも説明してほしい」
と旦那が希望したみたいで、

執刀医M先生からの
手術前日の詳細説明は、
私も同席できることになりました。


そして、火曜日。

【10月25日】

この日は、
仕事を早退して、
荷物を届けに行く日。

旦那に会えるか会えないかは
まだ分からなかったけど、
病院に行けることが安心でした。


旦那は、朝から、
採血・尿の検査・心臓の検査・
CT検査・水分検査・回診など、
大忙しで頑張っていました。

旦那の検査なども終わり、
ちょうど少し落ち着いた17時頃、
私は大学病院に到着。


ナースステーションに荷物を預け、
旦那からの荷物を預かって帰る。

その間、わずか3分ほど。。。


しかし、旦那から
「コンビニ集合で!」とのLINEが。

会っていいの?と思いながら、
1階にあるコンビニで待ち合わせ。


周りのイートスペースを見渡すと、

外来の患者さん達だと
思っていた大勢の人たちは、
ほとんどが入院患者と家族で、、、

普通に会って、
食べたり話したりしていました。


「シレッとみんなここで、
普通に会ってるらしいよ。
」

旦那が看護師さんに
コソッと教えてもらったみたい。

「全く会えない訳じゃなく良かった」
とだいぶ安心しました。


20分くらいだけ話すつもりが、
あっという間に1時間が経ち、
晩ご飯の時間になったので解散。

旦那との1時間が
こんなにも貴重に感じたのは、
結婚して初めてでした。



けど、帰りも1人、
帰ってからも1人。

ものすごい寂しさを感じていました。

それと同時に、
「私は旦那よりももっと頑張らなければ!」
という気持ちで自分に気合いを入れていました。


旦那もこの日までは、
明るく元気に前向きに
過ごしていました。

まさか翌日に、先生から
悪い報告を受けるとも知らずに...


つづく。



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新年あけまして
おめでとうございます。 

昨年は、、、
こんな私の、不定期で
気まぐれなブログを読んで下さり、
大変感謝しております。

今年は、今年こそ!
間を空けずにしっかりと
更新していきたいと思っています。

本年も
どうぞ宜しくお願い申し上げます。


そして、
昨年10月に判明した
旦那の脳腫瘍。。。

2ヶ月以上の入院を経て、
只今、一時退院しております!(^^)


12月24日、
クリスマスイブに
退院することができて、

クリスマスもお正月も、
家で一緒に過ごせました。

こんな幸せなことはない!


旦那が病気が見付かり、

当たり前に思ってた全てが
全く当たり前ではないこと...

色々なことに
気付かされました。


一緒に生きていけること、
そばに居られること、
顔を見れること、
普通に話せること、

これがどんなに幸せなことかを
かなり思い知らされました。


入院中は、もう本当に
色々なことがありました。

状況説明のブログが
途中で止まってしまい、
申し訳ありません(>_<)


毎日毎日、
色々なことが起きてて、

先生達からの説明や状況が
コロコロと変わっていたので、

もう私ですら状況に
追いつけませんでした(ToT)


旦那が退院している間に、
前回の入院中のお話は
書き終わらせるつもりです。


次の入院は、
3月3日に決まりました。

これも本当は、、、
「次の入院は1月6日頃からです」って、
ずーっと主治医から説明を受けてきたのに、
執刀医からは退院日に、
「次は3月ですよ」と急に言われ...



次の入院日までにも、
通院や検査の予定は入っており、

地元の他の病院にも
通わないといけなくなり、
慌ただしい日々は続きそうです。


でも今は、
毎日一緒に居れるので、
全ての時間を大切にして、

旦那には、少しでも
楽しく過ごしてもらいたいので、
私にできることは、
全力でやらせてもらおうと思います。


前とはちょっと変化した?
今の日常や、入院中の出来事を
また更新させて頂きます(^^)

では、また。



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