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まだこれまで
一度も出て来ていない父の話。
私にとっては、
凄く優しい父である。
私は今まで、
父に一度も怒られた事がない。
母とは正反対だ。
父は生まれてすぐに祖父母に預けられ、
祖父母を実の両親だと思って育ったらしい。
実の母は県外に居たが、
祖父母が両親ではないと知ったのは、
中学生の頃だったらしい。
とても複雑な環境で育てられた父。
そんなこともあって、
父は自分の家族を持つことが夢で、
家族のことを
最優先してくれて
とても大切にしてくれた。
運転が好きな父は、
休日にはいつも、
色んな所に連れて行ってくれた。
もちろん母や弟も一緒に。
家族の時間を、私のことを、
本当に大事に想ってくれている。
心から素直にそう感じ、
父の愛情を受け取ることができた。
会話する時には、
いつも優しい声で話してくれた。
父と話すときは、
とても穏やかな気持ちで
喋っていたことを今でも思い出す。
あとから聞いた話だと、
私が女の子だったから、
特に父は優しかったらしい。
「父は娘には弱い」
巷でよく聞く言葉通りの父だった。
弟には、
厳しく怒ることもあったらしい。
母は息子に甘く、
父は娘に甘い。
我が家もそんな、
よくある家族関係だった。
子供にとっては
とても良い父親だったと思うが、
母との夫婦関係は、
それなりに色々あったみたいだ。
それはどこの夫婦も
きっと同じだろう。
うちはずっと両親共働きで、
母もパートなどではなく
ずっとフルタイムで正社員として
途切れることなく働いていた。
しかし、
昔の典型的な形なのか、
家のことは全て母任せ。
外回りのことは父の担当。
世話好きの母も
当たり前のように家事をする。
全ての家事はもちろんのこと、
父の身の回りのこと、
お金関係や手続き関係も全て母任せ。
父は一切やらない。
そんな母に頼りっぱなしの父は、
いまだにATMでの
お金の下ろし方も知らない。
アウトドアが得意な反面、
家のことになると弱い父だった。
家のことは“お母さん”がやるもの、
“お父さん”ってこういうもの。
私は小さい頃から、
どこの家庭もそれが
当たり前なのだと思っていた。
子供から見ると、
度々喧嘩もしていた両親だが、
基本的にはとても仲が良かった。
しかし、
家庭内での関係性は
圧倒的に母が強い。
喧嘩している会話を
何度も聞いた事があるが、
毎回、母が怒っていて、
父はそれを静かに受け止めていた。
母は自分の思い通りにならないと
気が済まない性格なので、
父は自分の考えを諦めて
飲み込んでいたのだろう。
母は自分の意見を通すが、
必ず有言実行していたので、
父も母には何も言えなかったようだ。
「お母さんの言う通りにしておけば、
絶対に間違いないから。」
いつの間にか、
父もそう言うようになっていた。
父が母に怒っているのも
数回見たことはあるが、
引き金はいつも
母の言い方が原因だった。
母も父に対して、
不満はあったのだろう。
全てを母に任せっぱなしで、
酒好きの父は毎日、
仕事が終わると何時間も晩酌を続ける。
もちろん、
そんな父にも悪い部分はある。
でも、
その不満を伝える時の母の言い方が
今思い出しても嫌な言い方だった。
今思えば、
母も忙しい日々の中で
とても大変だったのだと思う。
仕事に家事に子育てに
父の身の回りのことまで。
そう考えれば、父に対する言葉も、
私に対する言動も納得できる部分もある。
しかし、母の言い方、
嫌みを含んだ言葉の選び方、
今思い出すだけでも
嫌悪感を抱いてしまう。
父が何も出来ない事を分かっていて、
父が家族からは絶対に
離れないことを分かっている上で、
母はわざと強く言う。
バカにしたように笑いながら。
「勝手に1人でやっていけば?」
「これからはどうぞ1人で
自由に生きていってください。」
「私が納得できない事をするなら、
どうぞ出て行ってください。」
「お金は渡すから
1人で勝手にすればいいよ。」
「ほんと私が嫌がることばっかり。
嫌がらせとしか思えないわ。」
そして父は、
何も言えずに悲しい顔をして
ため息をつく。
そんな2人の会話。
私は絶対に、
上から押さえ込むような
こんな嫌みな言い方はしない。
そう誓っていたのに...
将来、私が母と同じ台詞を
言ってしまう日が来るなんて...
まだこの時は、
何があっても絶対に
あり得ないことだと思っていた。
つづく
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