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また1つ学年が上がって、
小学4年生になっていた私。
母の私に対する厳しさは、
更に、日々増していた。
私が母から怒られている時、
いつも優しい父は一切口を挟まない。
そんな父にも、
腹が立つようになっていた私。
母から怒られている最中に、
父に向かって叫んだこともある。
「お父さんも何とか言ってよ!」
怒りが収まらない母を前に、
私は父に助けを求めた。
父はそんな時も、
無情にも優しく笑っていた。
母が決めた毎日の
“宅習”の決まりも続いていた。
学年に応じて、
ページ数が増えていくというもの。
1年生の頃、
1日1ページから始まり、
4年生になったので、
1日4ページに増えていた。
学校の先生的には、
宿題はもちろん
毎日やらないといけないのだが、
宅習は自由だった。
「宅習をした時には
提出してください。」
という軽い感じだった。
クラスメイトは
やらない人が多かった。
やってる人でも
1日1ページ程度。
私はやりたくてやってる訳ではなく、
母から強制でやらされていただけなので、
当たり前のようにやってない友達が
とても羨ましかった。
やることが当たり前、
やらない人はダメな人。
すでに自然と
そういう感覚になっていたので、
「やらなくても良いの?
やらなくても怒られないんだ。」
そう思うと、
少し不思議な感覚だった。
そんなある日、
私は宅習ノートを
毎日提出していたので、
担任の先生も
私の宅習量は知っていた。
1日4ページもノートを使うと、
1ヶ月間で2冊ほど終わる。
ノート10冊目を提出した日、
みんなの前で
先生に急に褒められた。
「宅習ノート10冊、
毎日本当に頑張ってるね。
これは本当に凄いことだよ。
みんなも頑張って
真似してくださーい!」
私は少し恥ずかしい気持ちもあったが、
正直とても嬉しい気持ちになった。
勉強に関して、
母から褒められたことは
1度もなかった。
毎日やることが
当たり前だと思っていた宅習。
やらなくても良いという選択肢が
私にはなかった宅習。
家では母に怒られながら、
毎日嫌々でやっていたのだが、
私は初めて
その事で褒められた。
先生からの言葉で、
心が救われた気がした。
しかし、
素直に嬉しくて
少し照れた気持ちの中で、
「これって凄いことなんだ。
お母さんの言う通りにしてたら
先生に褒められた。」
私はそう解釈してしまっていた。
やっぱりお母さんの
言うことが正しいのだと。
それからの私は、
自ら進んで勉強することも増えた。
褒められたことが
純粋に嬉しかった私。
褒められたいという気持ちが
自然と芽生えていた。
しかし、母からは1度も
褒められたことはなかった。
そんなある日、
私が寝ようとして
自分の部屋に入った時、
隣の部屋から、まだ起きていた
弟と母の会話が聞こえてきた。
「あんたもちゃんと勉強しなさい。
お姉ちゃんはちゃんと頑張ってるんだよ。
毎日毎日勉強してて凄いんだよ。」
とても単純な言葉だったが、
私は本当に嬉しかった。
嬉しくて涙が止まらなかった。
直接ではないけど、
初めて母に褒められた。
あんなに嫌だった
家での勉強の時間。
あんなに何年間も
母から怒られ続けた毎日。
それが全て報われた気がした。
そして、
いつの間にか、
私の心は、
「お母さんに褒められたい」
そう強く願うようになっていた。
つづく
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