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小学3年生へと、
また1つ学年が上がった私。

父・母・弟との
家族での時間が楽しくて
涙が出るほど笑い転げることも
数え切れないくらいあって、

幸せな日々を送る中、

母の機嫌を伺いながら、
気を使って言動している日々も
相変わらず続いていた。 


私も成長する中で、
どうして母が怒るのかを理解して
対策することも出来るようになっていた。


例えば、

私が飲み物をこぼすと、
母が怒る理由。

私がこぼすことによって、
拭いて片付けるという
余計な仕事が1つ増えてしまう。

毎日忙しい母なので、
私が余計な手間を増やしてしまうから、
イライラするのかもしれない。

ただ怒鳴られているだけだったが、
私は自分の勘でそう察知した。


そして、次から
何かをこぼした時には、
サッと素早く拭いて
自分で最後まで処理をする。

すると、母は怒らなかった。

どうやら、
私の勘は当たっていたようだ。


そんな感じで、
色々な場面で母の顔色を伺いながら、
自分なりに対処していった。


3年生にもなれば、
友達の話を色々聞いて
やりたい事や欲しい物が増えていた。

母に話すと、
私が欲しい物は
ほとんど却下された。

ゲームやおもちゃ、
本や文房具。

友達がみんな持っている物。
母は同じものは買ってくれなかった。


「それはダメだけど、
これが良いんじゃない?」
これなら買ってあげるよ。」

母はいつも、
私が欲しかった物とは
少し違うものをいつも勧めてくる。


本当は心の中で、
「それじゃない」と思っていても、

私が欲しい物は
どうせ買ってもらえないので、

仕方なく、母が勧める物を
買ってもらうしかない。


「買って貰えるだけいっか」

と思う反面、

「これを買ってもらった以上、
本当に買ってほしかった物は
もう絶対に買ってもらえない。」

そう悟って、
いつも複雑な気持ちで喜んでいた。


習い事を始めた友達の話を聞いて、
羨ましくて「私もやりたい」と
お願いしたこともあった。


どうせダメって言われるだろうな。

そう思って、
ダメ元で頼んでみたら、

「いいじゃん。
やってみなさい。」

すんなりOKが出た。


私は嬉しかった。

習い事が出来るという事も
もちろん嬉しかったが、

母が許してくれたという事にも
喜びを感じていた。


母が良いと思うものは、
すぐにやらせてくれる。


しかし、“ピアノがしたい”と
お願いした時だけは母が渋った。

「多分向いてないと思う」
「絶対続かないと思うけど」

やっぱり母は、
私には合わないと思うこと、
母が良いとは思わないことは、
決して許してくれない。


しかし、
幸運なことに、

その話を偶然聞いていた祖父母が
母を説得してくれて、

私はピアノを
習い始めることができた。


そして、祖父母は私に
60万円以上もする
立派なピアノも買ってくれた。

私は初孫ということもあって、
祖父母からは特別扱いされ続け、
ずっと溺愛されていたのだ。

(のちに、この祖父母からの愛情も
少し異常なものだったのだと気付かされ、
私の人生に悪影響をもたらすことになる)

母は最後まで、
「どうせ続かないから、
安い電子ピアノでいいのに」
と納得していなかった。


そんな流れで、
私は小学生の頃、
色々な習い事をしていた。

習字・ピアノ・そろばん・
英語・バトミントン。


私の為になると母が判断したものは、
私の熱量がそこまで高くなくても、
簡単にやらせてくれた。

私は、
「自分がやりたい」
という気持ちより、

「母が許可してくれた」
という嬉しさだけで、
習い事を始めるようになっていた。


最初は楽しく通い、
どれも基礎までは学んだ。

しかし、結局、
頑張って続けるのは、
私のヤル気と気持ち次第。


学年が上がるにつれ、
放課後は友達と
自由に遊ぶことの方が
楽しくなっていった私は、

母に、
「今日、教室休みだって」
と伝え、

教室の先生には、
「今日は用事があるので休みます」
と電話をして、

ここでも“嘘”をついて、
サボることが増えていった。


結局は、
数年間続けた後に、
どれも辞めたのだが、

母が勧めた習い事を辞める時には
思いの外、あまり何も言われなかった。


しかし、
母が反対していた
“ピアノ”を辞めた時だけは、

「だから、言ったでしょ?」
「ピアノは向いてないって分かってた」
「あのピアノどうするつもり?」
「どうせ続かないから、
ピアノはいらないって何度も言ったのに」
「最初からお母さんの言う事を聞いておけば、
こんなことにはならなかったのよ」

私の選択は間違っていたんだ。
と自分の中で後悔するほど、

その後、数年間も
母から小言を言われ続けた。


そんな事を繰り返すうちに、

母が良いと思うもの、
許可してくれるものだけを
受け入れる私。

私が選ぶものは、
私にとって悪いもの、
自分に合っていないものなんだと
認識する私。

そんな私になっていった。


そして、
私自身が心からやりたいと思っている事を
やっている訳ではないので、

“何も長続きしない”という
私のダメな性格も出来上がっていった。


今になって思い返すと
明らかな異変に気付けるのだが、

当時の私は、
何も異変を感じることなく、
それが当たり前の日常で
何の違和感も感じない“私”だった。


つづく