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(※今回の内容には、
少しセンシティブな言葉が含まれます。)

(※苦手な方は、
ページを閉じて頂けると幸いです。)



私が小学校高学年に上がった頃、

まだまだ子供だとはいえ、
少しは成長したと思ったのだろう。

父が私に大事な話をしてくれた。


母がお風呂に入っていて、
私は父と2人でテレビを見ていた。

そのテレビは、
出産や流産などの内容を含んだ
家族のドキュメンタリー番組。


小学生ながら、
ラストの結末に涙していると、

ずっと黙っていた父が口を開いた。


「本当はえりかは、
2人目の子供だったんだよ。」

「実は最初に
男の子が出来たんだけど、
その子は生まれる前に、
お腹の中で死んじゃったんだよ。」

「えりかも大きくなってきたから、
ちゃんと知っておかないとね。」


私を妊娠する半年ほど前に、
母は男の子を死産していた。


私は、
まだ理解が難しい小さい頭で、
必死に理解しようとしていた。

父からの急な話に、
衝撃を受け、必死に理解した私は、
とても悲しくなって涙を流した。


でも正直、
理解出来ていない部分もあって、

その日の夜、布団の中で、
「私にはお兄ちゃんが居たんだ。」
「お兄ちゃん欲しかったな。」
と単純に考えていた。

天国に向かって手を合わせ、
「お兄ちゃんに会いたかったな。」
と純粋にそう思っていた。


数日後、
どうしても気になっていた私は
母に詳しくその時のことを聞いた。

そして、私は気付いた。

もしその子が生まれていたら、
私は生まれていないのだと。


その時、咄嗟に私は、

「生まれてくるのは私じゃなくて、

お兄ちゃんの方が
生まれてくれば良かったのに。」

と自然に心の中で
そう呟いていた。


それをキッカケに
私にはそういった感情が
徐々に強くなっていった。

別に不幸だなんて思ってないし、
家族も大好きだし、
学校も楽しいし、
友達だってみんな大好き。


純粋に心から
そう思っている反面、

友達と同じ物を
買ってもらえなかったり、
みんなが見ているテレビを
見れなかったりして、

少しずつみんなの話に
ついて行けていないと感じ、
友達に対して引け目を感じていた私。

顔は楽しく笑って
誤魔化しているけど、
みんなの話についていくことに
いつも必死だった。


そして、
そういった辛さや
ストレスを抱えたまま、
家に帰ると、

母から怒られたり、
悲しい言葉を言われる毎日。


その頃の私はもう、
自分の悩みや不安など、
嬉しかったことですら、

自分の素直な気持ちはもう、
誰にも言うことは出来なくなっていた。

むしろ、
自分の感情を隠すことに慣れてしまい、
いつも色んな事を誤魔化して
当たり障りなく人と接する事が
自然と当たり前な自分になっていた。


母から辛いことを言われると
すぐに「もう寝る」と言って、
自分の部屋に入って、
ベットで泣きながら寝る。

という毎日を
何年間も過ごした。

私にとってはそれが
当たり前の日常になっていた。


今考えても、
小学生が毎日泣きながら寝る
という事実は異常だったと思う。


そんな日常の中で、
「私は生まれてこない方が良かった」
自然とそう思うようになり、

「死にたいな」

ぼーっとした気持ちの中に、
そんな気持ちが常に
存在するようになっていた。


でも、その頃の私はまだ小学生。

人間の死や自殺について、
大して理解できていた訳ではない。

「死にたい」と思ったところで、
実際に死ぬ方法なんて分からない。


でも、その頃の私は、
テレビや色々な情報から、
子供なりに解釈して、

「死ぬ人って凄いな。
大人になったら死ねるんだ。」

素直にそう思っていた。


それが異常な考えだとは
全く気付いていなかった。

自然にそう思う中で、
「大人になったら私は死ぬから」

気持ちは固まっていた。


そういう気持ちが
ハッキリとあったので、

友達みんなが授業中に
将来の夢を真剣に考えている中、

私は自分の未来なんて
全く想像すらしていなかった。


私には、子供の頃の夢がない。

私が想像していた将来は「死」

別に重く考えていた訳でもなく、
とても軽く考えていたと思う。


将来のことなんて、
一切興味がなく、
どうでも良かった。

私は“今”を必死に生きて、

毎日がただ過ぎ去っていくことを
ぼんやりと感じていた。


だからと言って、
全てが辛かった訳ではない。

毎日学校も楽しくて、
友達もいっぱい居て、
放課後も毎日遊んで、

休日には家族と出掛けて、
私の中では普通の日常を送っていた。


辛いことがあっても、
「どうせ大人になったら死ねるから」

そう考えて、
1つ1つ乗り越えながら
毎日を過ごしていた記憶がある。


こうして小学生の頃から、
いつも私の心の中には、

当たり前のように
「死」という言葉が
存在していたのだ。


つづく